書体設計家インタビュー
文字巨人
文字の巨人
小塚昌彦さん
インタビュー・構成=瀬川清

その4
グループワークによる書体開発の実現……アドビ時代

「アドビがモリサワの『リュウミン』などをライセンスしていたこともあって、昭和六〇年ぐらいからアドビの人とおつきあいするようになりました。そうした機会に私は、いままでのように文字を一字一字デッサンして、描いていくやり方には限度があるんじゃないか。しかし、本来人間が右手で書いた軌跡がタイプフェイスに定型化するというプロセスがあるのだから、基本は人間が書くものだ。その人間が書くストロークがもっと自由にコンピュータで作れないものか。そんな話をよくしていたんですね。
 そうしたら、それはおもしろいから、アドビの本社といろいろ相談してみるということになって。そうこうしているうちに、そういった方向での開発ができそうだというお話をいただいたんです。ついては小塚さん、いっしょにやってくれんかということでね。
 それで、平成四年にアドビから呼ばれて、アメリカ本社へインタビュー、つまり面接をするということで行きました。そこで当時のアドビの会長と話をしたんですが、真っ先に彼が訊いてきたのは、『漢字を作っているデザイナーであるあなたが、アメリカの企業になんで協力する気になってくれたのか』ということでした。いきなりそんなことを言われたもんだから何と答えていいかわからず、どぎまぎしましたよ(笑)。一呼吸おいて、『一般大衆が手に取ってみる文字というのはコミュニケーションの手段として非常に大事だから、そういうものを、新しい時代に新しいテクノロジーで作ることができるのは、唯一アドビだろうということでお手伝いする気になった』というのが、私の答えだったと思います。その気持ちは今でも変わりません」

マルチプルマスター概念図
マルチプルマスター概念図

ユーザーは,4つのマスター(黒字)の許す範囲で,任意の文字幅とウェイトを選択できる。2つのマスターから成り立つマルチプルマスターフォントもある。

「当初考えていたのは、マルチプルマスターというのがありましたね。あれを漢字でやろうということだったんです。しかし、簡単にいうと出力機に問題があって、出力のソフトが膨大な容量を食うことがわかったんですね。また、この方法で作ると、一般ユーザーがとても買いきれない値段になっちゃうんで、これは途中であきらめようということになりました。そして、中間の補間でファミリー化をめざしてやろうということに切り替えました。
 さて、文字のデザインにあたっては、基本的には私が押さえるけれども、一人で全部やるわけにはいきませんから、グループワークをせざるを得ない。ところが、モリサワでやったときとは違って、何もないところに素人を集めたチームですから、どうにもならないんですよ(笑)。最初に、自分の名前を明朝体で鉛筆で書いてごらんといっても、満足に書けないぐらいでしたからね」

「そこでグループワークを通じて、コンピュータの上で文字がデザインできるようなツールを作ろうということになりました。これがどういうソフトか、言葉だけで説明するのは非常にむずかしいんですが。簡単にいいますと、スケルトンといって、単線で文字を描くツールを作ったんです。これで文字の骨格を作ります。そして、これにエレメントを乗せて、展開していくわけです。細いのができたら、今度はそこからエレメントを太くしていきます。テンキーの操作だけで、自動的に太くすることができるんですね。
 たとえばIllustratorでブレンドした場合、ディレクションポイントの数が同じにならないと補間しないですよね。ところが、このツールで作ると、細いものも太いものもまったく同じものですから、二つ作っておけば簡単に補間ができるわけです。
 そういうふうにして、中間をいくつのウエイトにするかというのは自由に設定できますから、マルチプルマスターになるわけです。しかし、フォントとして販売する上ではそうもいきませんので、最終的に六ウエイトに決めましたけれども。
 まあ、一〇〇パーセント万能というわけにはいきませんでしたが、文字を作る上でそう不自由はなかったですね。ただ、この動くエレメントだけは私のものじゃなきゃいけないわけです。そこで、エレメントについては私が四カ月ほどかけてデザインしていきました。
 この方法でよかった点は、とにかく効率が非常に上がったということです。六ウエイト・約六万字の製作に二年かからなかったんですからね。これにかかった実際のスタッフは四人ぐらいですけれども。速いことが必ずしもいいとは思わないですが、企業の要請に応えるにはそういうことがどうしても必要であるのも確かだと思います」

小塚明朝ファミリー
小塚明朝ファミリー

アドビの小塚明朝のページへ

小塚ゴシックファミリー
小塚ゴシックファミリー

アドビの小塚ゴシックのページへ

「グループワークの手法については、モリサワ時代に『新ゴ』などを開発したときの経験が生きました。やはり、文字を形で分類して、その中から私が、基本となるサンプル文字を六〇〇文字ぐらい書きました。先ほど、人偏も七種類ぐらいの幅に分けられるといいましたが、人偏のつく漢字、二三〇字ぐらいを、その七種類の幅で分けるわけです。そして、それぞれグループの代表となるような漢字を三つぐらいずつ作って、グループのメンバーに最初に渡しておくんです。それに見合ってあとは彼らが作っていくわけですね。また、偏だけではなく、旁のほうの分類もしてありますから、それをある程度合わせていくという作業もできます。こうしてできてきた文字を、私のほうで三回ぐらいチェックを繰り返し、完成させていくというやり方です。
 書は人なりじゃないですが、良くも悪くもチーフの色で染め上げないと、書体というのは成り立たないところがありますよね。だから、『小塚明朝』にしても、アメリカ合衆国って感じがないでもないんですよ(笑)。いろんな人のコンセプトが合わさって、合衆国としてまとまっているような。
 アドビでは、そういうデザインツールの開発と、それから新しいグループワークで、個人的な能力に頼るだけでなく、総合的に書体を開発するというふうな手法を作り上げていきました。それがある意味で、アドビに来た甲斐があったというか、成果であったと思います」

1995年小塚明朝制作の頃 オフィスにて
1995年小塚明朝制作の頃 オフィスにて

図版提供 小塚昌彦氏

「そんなわけで、私はこの五〇年、本当に様々なメディアの狭間を歩いてきました。まず電胎母型とベントンの彫刻母型、それから写植、電算写植、デジタルなCRT写植、それから富士通やIBMのフルページネーションのデジタルフォント、それからイカルスを中心としたアウトラインフォント、そしてアドビで開発したタイプ1のポストスクリプトフォントと、この五つを全部経験させていただいたわけです。そういう意味では非常に幸せだったと思います。ただ、字游工房の皆さんのような書体デザイン一筋の方たちと比べれば、純粋さに欠けるところはありますよね(笑)。
 これからも、メディアはまだまだ変化していくと思います。イカルスのアウトラインが実用化されたのが一九七〇年代の後半ですから、かれこれ二〇年以上アウトラインの時代が続いてきたことになります。そしていま、紙のメディアそのものが問われる時代になってきましたよね。当然、書籍や新聞などの一部で紙のメディアは残るけれども、映像メディアといいますか、スクリーンメディアが急速に高まっていくと、私は思います。
 そうすると、いままでの可読性とか読みやすさというようなものが、新しいメディアのための書体に求められる時代になってくるでしょう。そういう意味で、タイプフェイスのデザイナーたちの出番は、これからまだまだたくさんあるだろうと思いますね」

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