書体設計家インタビュー
文字巨人
文字の巨人
中村征宏さん
インタビュー・構成=鳥海明子・字游工房

その2
コンテストから写植書体の世界へ……ナール

「写研の第一回石井賞創作タイプフェイスコンテストの募集は、『アイデア』誌で知りました。あの頃は僕もコンテストが好きで、できるだけ出してました。文字の考案のはじめは『タイポス』の影響が強く、タイポスの先を丸くしたようなのを書いていたんですが、これでは創作にならないということで十何種類か書いてみて、最終的には鉛筆の一本線で書いたラフ案に決めました。まずはコンテストのために見本を、ひらがな、カタカナ、漢字計二〇文字ほど試作し、その後修整などして字形ができ、コンテストパネル用の一七六字を書き上げて応募しました。一九七〇年の一月末のことです」

コンテスト入賞時のナール
コンテスト入賞時のナール

「こうして生まれたのが『ナール』です。でも、まさか入選するとは思っていなかったですね。あの当時『グループ・タイポ』の桑山さん、伊藤さん、林さん、長田さんがタイポスを作ったことによって、デザイナーが文字を作っても実用化されるということが初めて実証されました。タイプフェイスデザインの重い扉を、四人のお力でギーギーっと開けてくれたわけです。『えっ!、こんなことやっていいのか。やれるのか!』という強い衝撃を受けましたね。
 タイポスのおかげで、僕が文字を作るときもまったく訳がわからないというよりも、現実的に『ああいう感じなんだなぁ』とイメージをもって作ることができたのだと思います。
 前々から思っていたことなんだけど、タイポス体は三種類くらいの漢字ファミリーを作って、『日本の書体』として残して頂きたいと願っています。ひらがなカタカナだけでおいておくのはもったいないですよね。あれだけ完成されたモダンで立派な文字なんですから」


タイポス

「石井賞に応募して三カ月後の四月に、写研の杏橋さんから電話をいただきました。僕はそのとき出かけていて仕事場にいたカメラマンのひとが聞いてくれていて『写研から電話があった』といわれて。何だろうとの思いで、翌朝電話したところ一位入選を知り、大変驚きました。本制作にとりかかったのは、入賞の発表があってから四カ月後の八月からです。一カ月の制作字数は、四五〇から五〇〇字でアシスタント二人と私の三人でやっていました。下書きしたものに墨入れ(黒書き)しますが三人でやると、太さが違い、曲線のカーブの度合いが異なり、(口)部のコーナーのアール度が違ってきます。
 こんな状態で、これらの修整にかえって時間がかかるため、一人で制作することにしました。ナールは曲線部は一部雲形定規とロットリングを使ってますが、八〇パーセントはフリーハンドで書きました。(口)部の角を丸めること、すべての線の先端を丸めること、曲線の太さを揃えることなどに時間がかかります。四・八ミリ正方形の原字用紙で一・五ミリくらいの太さで書きました。下書きの鉛筆の線を残していくのと塗っていくのでは、太さが違ってきますからね。そのへんが微妙な問題なんです。そんな経過があって結局、書体制作に専念することにしました。
 これは制作過程の話ですが、『写研さんが(口)部のコーナーの丸め作業が大変だろうから』と、丸め部分のインレタみたいものを作ってくださったこともありますが、残念ながらできあがったものの見た目が汚いし、太さが合わない、(口)部の大きさによっても丸め度合いが違います。そんな理由で使い物にならないため断ったことがあります。同じ部首などををコピーし貼って作っていくことも考えられますが、なかなかしっくりこない。ピッタリ合わないし、かなり手間がかかるわりに完成度が上がらない。ほかの人から見たら、なんで同じようなことを何度もやるんだと思われるんでしょうが、やはり一字全体をきちんと書いたほうが、まとまりがいいし引き締まる。こんな理由ですべて手書きで制作しました。一九九五年までは手書きです。その後はパソコンで作成しています」


ナールの手書き原稿(48mm)

「よくナールのかたちはどうしてああなったのかと聞かれるんですが、デザイン会社でたくさんの字詰めをしていましたから、字詰めなしでも綺麗に組める文字が作りたかった。字詰めの作業も嫌いじゃないけど、とにかく時間がかかるからもっと合理的にできないもんかとずっと思ってましたからね。デザイン会社での字詰めの経験がなかったら、こういう文字の発想はなかったと思います」

上:石井中太丸ゴシック 下:ナールD
写植書体の字詰め作業
上:書籍表紙の版下(タイトル部分)
下:完成した印刷物

上:石井中太丸ゴシック 下:ナールD
字詰めの部分の拡大図

以上四点図版協力:道吉デザイン研究室

「ですから文字のことよりも文字と文字のアキのことを最初に考えて、字形は後回しになりました。極端にいうと字形が犠牲になるといえばなり、逆に特徴が出たとも言えます。ベタ組みで印字で、字間のバランスと行として揃った美しい書体ができないものか? それと縦組と横組ともに同様の感覚で本文用書体として使えること、この三点がテーマでした。しかし実際には見出しに多く使用されました」

上:石井中太丸ゴシック 下:ナールD
上:石井中太丸ゴシック 下:ナールD
同一サイズでべた組

「ナールの線は、ニューステロップの線が丸の一本線だったので、あれからきています。丸ゴシックにしたのは、テロップ文字がそれに近かったためです。太さも特徴的だと言われるけれど、細くした理由は、細いと字間が目立たないんです。そして明るく軽くのびやかな感じにしたかった。これだけ条件が揃えば、細線にするしかないですよね(笑)。
 ナールは曲線とか、線の先端を丸めないといけないでしょ。一ミリ二ミリ長く書いておいて、後でホワイトで丸めながら消していきます。黒書きのときから気にしていると作業が遅くなりますからね。ナール以降、ああいう丸線の字を手書きで作るのは躊躇しています(笑)。
 別の話ですが、ナールが世の中で使われ始めたのとちょうど同じ頃、若い女性が書いた丸文字が広まってきて、ふたつの関係性を聞かれたことがありますが、僕はナールと丸文字は別々に発生してきたものだと思っています」

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